40代で結婚した女性芸能人~アンミカがセレブ婚できた訳

40代になっても、幸せな結婚できる女性が一人でも増えるよう、

40代で結婚した女性芸能人の事例を取り上げ、

そこからヒントとなりそうなことを発信していきたいと思っています。

今回は、モデルのアンミカさんの結婚に注目したいと思います。

アンミカさんは40歳の時に、当時は日本のイベント制作会社社長だった

アメリカの人のセオドール・ミラー氏と結婚されました。

既にモデルやプロデュース業で活躍されていたアンミカさんですが、

超セレブのセオドールさんと結婚し、さらなる幸せを掴むことができました。

その理由を探ってみたいと思います。


アンミカとは?

まずは、アンミカさんのプロフィールを調べてみます。

本名: ミカ・アン・ミラー(旧姓名:安 美佳(あん みか))

別名義: 安美佳、AHN

生年月日: 1972年3月25日

出身地: 韓国チェジュ島(育ち:神奈川県川崎市)

身長: 171cm

体重: 不明

血液型: O型

出身校:トキワ松学園高等学校、日本大学通信教育部商学部卒業

Wikipediaより

韓国チェジュ島で生まれ、3歳の時に一家で日本に密入国します。

大阪の貧しい長屋で育ちました。

5人兄妹の7人家族で住むには非常に狭く、生活も極貧状態だったようですが、

当時、周辺の在日韓国人はみんな同じような生活だったため、

アンミカさん本人は不幸だとは感じていなかったようです。

両親だけの稼ぎでは、家族7人の生活を賄えず、

子供達も小学生の頃から新聞配達のアルバイトをして生活を支えていたそうです。

3歳の頃、口を大きく切る大怪我をしてしまい、

手術の後遺症で笑うと上唇がめくれてしまうようになり、

それがコンプレックスになって人の目を見れなくなり、

うまく笑えなくなってしまった時期があったそうです。

そんな娘の姿を見かねたアンミカさんの母は、

日本語を猛勉強して資生堂の美容部員としての仕事を得て、

そこで”美”について多くを学び、それをアンミカに教えてくれたそうです。

アンミカさんが上手に笑うことができると母が褒めてくれて、

「大きくなったらモデルさんになれる」と言ってくれた言葉をきっかけに

アンミカさんはモデルになることを決意されたそうです。

やがてガンで寝たきりになってしまった母を見て、

アンミカさんは母が生きている内にモデルになる!と行動を始めたそうです。

大阪のモデル事務所20社に履歴書を送付するも全て不採用。

それでも諦めずに、その中の大手事務所に履歴書を送っては返却されることを繰り返し、

写真写りが悪いので実物を見たほうが得だと、電話で訴えたりもしました。

事務所も「そこまで言うなら来てください」と面接を約束しましたが、

それでも不採用となってしまいました。

がっかりするアンミカさんに事務所の社長が「近くに来るようなら遊びに来て」と

半ば社交辞令として言うと、アンミカさんはそれから毎週、

8駅も離れている事務所まで自転車を走らせたそうです。

アンミカさんの熱意に事務所社長も根負けして採用し、

たまたまレッスン生にキャンセルが出て空きがあったため、

モデルとしてのレッスンを受けさせてくれて仕事も貰うことができました。

母親が生きている間にモデルになるという目標は達成することができましたが、

アンミカさんのお母さんはアンミカさんが15歳の時に他界してしまいました。

その後、高校卒業後にはトップモデルを目指し単身パリへ移住。

18歳でイギリスのファッション誌『I・D』に写真が掲載されたことを契機に、

1993年に20歳でパリコレクションへ初参加。

以降は、日本・韓国を中心にファッションショー、広告、CM、映画などへ登場しています。

モデル業以外にも、アンミカさんは飲食店や化粧品、ファッションのプロデュースを手掛け、

10以上の資格を取得し、現在もマルチな活動を続けています。

とてもメンタルの強い、ガッツのある女性ですね!

子供の頃、コンプレックスがあって、それを乗り越えられた!という経験が

彼女を強くしてくれたんでしょうね。

最近話題になっている、TV番組のパリコレ学では、かなり厳しい発言が目立っていましたが、

この経歴を見れば、口だけではないことがわかりますね。

アンミカの過去の恋愛

テレビ番組でも本人がよく語っているのでご存知の方も多いかもしれませんが、

アンミカさんは、以前、国際スパイと思われる男性と付き合っていたことがあるそうです。

その彼とは、2007年頃に参加したあるパーティで出会い、交際に発展したそうです。

自称貿易会社勤務の韓国人男性で年齢は29歳、アンミカさんは当時34歳でした。

しかし、交際後すぐに違和感を感じたそうです。

家族に会ってほしいと言われ、後日、韓国で食事会に行ったのに両親はおらず、

紹介されたのは姉夫婦のみ。

しかも母国語であるはずの韓国語に「なまり」があったそうです。

他にも、アンミカさんの友達に会おうとしなかったり、一緒にに写真を撮らないなど、

不自然なことが多かったようです。

しかし、当時、アンミカさんは10年以上付き合っていた恋人と破局した直後で、

結婚を焦っていたこともあり、その違和感を見て見ぬふりしていたそうです。

さらに、おかしなことは続き、

彼が滞在しているホテルに行ったら、彼の腹部に血がにじんでいたので

病院にいくことを勧めたが、病院には行かなかった。

彼がレストランで食事代を支払った時に見えたクレジットカードの名義が違う名前だった。

気になって、彼の財布を調べてみると、名義の違うカードを複数発見。

など、彼への疑いがどんどん深まるなか、彼も次第に本性を見せ始めたのか、

仕事で滞っていた1,000万円の支払をアンミカさんに立て替えさせたといいます。

いよいよ怪しいと感じたアンミカが彼に電話で問い正したところ、

「さっきからガタガタうるさいいんじゃボケ!」と流暢な関西弁でキレられ、

それ以降連絡が途絶えたそうです。

美しくてメンタルが強いアンミカさんでも、結婚を焦ってしまうものなんですね。

この経験で、男性について、かなり慎重になってしまったことが考えられます。

この恋愛経験は、アンミカさんの婚期が遅れた要因の一つかもしれませんね。

お相手、セオドール・ミラーとは?

それでは、お相手のセオドール・ミラー氏について調べてみたいと思います。

セオドール・ミラー

1971年アメリカニューヨーク州生まれ。

ニューヨーク大学在学中、早稲田大学に交換留学生として来日。

大学卒業後、1994年に(株)電通に入社(西洋人初の正式採用)

1996年から日本ゲートウェイ(株)にてマーケティング マネージャー

およびストラテジック プランニング ディレクターを歴任

2000年に(株)livedoorの代表取締役社長に就任

2005年Empire Entertainment Japan(株)を設立

兄は、ブラッド・ピット主演映画 『マネーボール (2012)』、

『フォックスキャッチャー(カンヌ国際映画祭監督賞受賞 2014)』で

監督を務めたベネット・ミラー

日刊スゴイ人より引用

セオドール氏は大学一年の時に日本語を勉強し始め、夏に短期でホームステイ。

日本人の物に対する考え方、文学や建築、生活に触れて、さらに興味が深まった彼は、

大学3年時に早稲田大学の交換留学生として再来日します。

これ以来、彼はずっと日本にいることになります。

大学卒業後は電通に入社し、本田技研を担当されたそうです。

アメリカの知人から、パソコンメーカー『ゲートウェイ』の日本進出を一任され、

新入社員でありながら数億円の仕事も獲得しました。

本田とゲートウェイ、他にも数社担当していたので相当な仕事の量で、

かなり身体は辛かったそうですが、やりがいがあったと語っています。

その2年後、ゲートウェイからヘッドハンティングがあり、電通を円満退社し、

ゲートウェイのマーケティングの責任者になりました。

ゲートウェイでは、全て自分で作り上げなければならず、

1年で7年分くらいの仕事量だったそうです。

その後、29歳でライブドアの社長に就任しますが、社会人になって10年が経った2年後に退任。

1年くらい仕事から一切離れ、今までやりたくてもできなかったことなど、

興味があることを次々としたそうです。

この充電期間を経て、2005年にmpire Entertainment Japan(株)を設立。

国内外のトップブランドのイベント、PR、映像制作をアジア、アメリカ、ヨーロッパにて行いました。

映画製作も手がけ、エグゼクティブ プロデューサーを務めたドキュメンタリー映画

『The Cruise(1998)』では、エミー賞をはじめ数々の賞を受賞されました。

長男がニューヨークで社長・プロデューサー、次男が映画監督、

自分が日本で社長・プロデューサーということで、

兄弟全員がクリエイティブな仕事に就いているそうです。

セオドール氏は、その理由は、両親が影響していると

下記のように語っています。

父は新しいものに目がなく、必ず最初に新製品を購入していました。
何の計画もなく買ってくるので、すぐに僕たち兄弟の遊び道具になりました。
母は画家で、1枚にすごく時間をかけて作品を完成させるじっくりタイプ。
父からは好奇心を、母からは探究心を学び、興味を持ったものは遊びながら徹底的に掘り下げていく子ども時代でした。

好奇心と探究心を持つことでいつも新しい発見を楽しんでいました。

二人の馴れ初め

二人の出会いは、2010年放送『魔女たちの22時』という番組。

アンミカさんはオリエンタルビューティーのスペシャリストとして出演していました。

この番組の打ち上げのゴルフで初めて出会ったそうです。

セオドール氏は、日本語がペラペラで、本音で話してくれる人だったそうです。

初めて会った日にも、「僕はテレビで君を知っている、お互い疲れるからありのままでいい

と好印象を持っていたことをズバって言ってくれたそうです。

そのせいか、アンミカさんは、以前、元国際スパイと付き合っていたことなども

赤裸々に話をすることができたそうです。

その話にセオドール氏が興味を持ち、意気投合したのがお付き合いのきっかけだそうです。

また、アンミカさんは、元カレがスパイだとわかりショックだった時期、

国際結婚の神様「荒立神社」に行ったそうです。

その後、何語か不明な言葉で「愛している」と話す男性が夢に何度も出てきたとか…。

その1か月後、ゴルフでセオドール氏と出会った時に、

「夢で見た人だ!と思い、出会ってすぐ結婚するのがわかった」といいます。

こういう話自体はよく聞きますが、

40代でもこんな直観を感じられるものなんですね!

1年半の交際期間を経て、お二人は2012年7月に結婚されます。

二人の結婚から学べること

趣味を持つ

このお二人の結婚から学びたいこと、第一には「趣味を持つ」ことではないでしょうか?

アンミカさん本人も「習い事は最高の出会いのエネルギー」と語っています。

実際、お二人もゴルフがきっかけで出会っています。

アンミカさんは、『同じ時期に同じベクトルを共に向いていられる空間を共有できる』と語っています。

確かに、ゴルフ場でホールに向かって長い時間を共有するというのは、

日常生活ではなかなかあり得ない時間です。

ゴルフ以外でも、何か共通の趣味を通すことで、

お互いの「人となり」がわかりやすくなりますよね。

また、趣味を通して、共通の友人ができることもポイントですね。

複数人で趣味の活動の後に、食事に行ったりすることで、

婚活のように一対一の関係では絶対に見られないような

相手の言動を見ることができると思います。

また自分も自然体いられる環境だと思います。

ぜひ、何か没頭できる趣味を見つけられるといいですね。

余談ですが、ネット婚活等でプロフィールを記載するときには、

男性が興味を持ちそうな趣味を記載すると良いですよ。

野球やサッカー観戦など、男性が一緒に会話を掘り下げて楽しめるものだと

話も弾みますし、好感を持つきっかけになりやすいです。

ありのままの姿を見せる

セオドール氏はアメリカ人ということもあってフランクなのかもしれませんし、

優しい方なのかもしれません。

アンミカさんに初めて出会ったときに「お互い疲れるからありのままでいい」

とアンミカさんに声を掛けています。

その言葉のせいなのかはわかりませんが、

アンミカさんはセオドール氏に、国際スパイ疑惑の元彼との話をし、

それがきっかけで仲が深まっています。

モデルという職業はイメージが重要なので、アンミカさんは日頃から言動にはすごく注意していたはずです。

なので、スパイとの強烈な過去の恋愛について誰かに語るなんてことは、

もしかしたらセオドール氏が初めてだったかもしれません。

セオドール氏も幼少時代から探求心が強く、興味を持ったことはとことん知りたい方なので、

遠慮せず、アンミカさんに質問していったのでしょうね。

アンミカさんも、メンタルの強い女性ですし、育ちは関西人です。

ネタ的に面白おかしく話をして、彼を楽しませてあげたのかもしれません。

婚活の場では、なかなかありのままの姿を見せたり、本音を語るのは難しいかもしれませんが、

結婚してこの先何年も一緒に生活する相手を探すのですから、

本音の部分で共感し合える間柄でないと、きっとうまくいきません。

過去の恋愛話であっても、

自分を知ってもらうために必要なのなら、

相手を楽しませるために有効なら、私はアリだと思っています。

相手をなんとなく探るための上部だけの会話ばかりで、

お見合いやデートの時間を過ごすのはもうやめて、

お互いの本音や人間性がわかるような、深い会話をしてみませんか?

それで不快感を持たれたら、その人とは縁がない

ただそれだけのことなのです。

アンミカさんは結婚後、

子供の頃の極貧生活の話や、元彼が国際スパイだった話を

テレビ番組でも積極的に話すようになりました。

それまでの活動では、セレブ感の漂っていたアンミカさんなので、

視聴者はそのギャップにかなり驚いたと思います。

セオドールさんの「ありのままでいい」という言葉で、

きっとアンミカさんの考え方が変わったのでしょうね。

彼の存在で、ありのままの自分を表現できるようになったんですね。

2017年にはしくじり先生という番組で、

スパイ疑惑の元カレとの話を長時間に渡り解説しています。

そんな彼女の過去を知った視聴者からは、

「話の内容もすごくおもしろかったし、何より所作が美しい!」

等々、アンミカさんの印象が変わったという声がネット上で多く上がり、

好感度がアップしているのがわかります。

フランクな旦那さんとの出会いで一皮剥けたアンミカさん。

これからも幅広く活躍されるんでしょうね!

玉の輿を狙わない

アンミカさんは、結果としてセレブであるセオドール氏と結婚されましたが、

それは「たまたま」だと語っています。

アンミカさん自身が非常に貧しい生活をしてきた経験もあり、

自身の努力によって自身も相当稼いでいることがわかるので、

これは本心だと私は思います。

また、アンミカさんは、

セレブと結婚できたとしても、自分がそのお金を100%使えるわけではないとし

「お金持ちと結婚しようと思っているのが間違い」

「玉の輿って人のふんどしで相撲取ろうとしすぎ」だと、

条件で男性を選ぼうとする女性を批判しています。

実際にアンミカさんは、結婚してからセオドール氏からお金は一切もらっていないそうです。

生活費も折半、旅行の費用も後日、セオドール氏に支払っているとか…。

今セレブでも、かつてのリーマンショックのように、

急に富や名声を失うことも十分あり得るのです。

自ら会社を設立したセオドール氏も十分それは認識しているはずです。

だからこそ、どんな状況になっても共倒れすることのない、

経済的にも精神的にも自立したアンミカさんを選んだのではないでしょうか。

私はそのように感じています。

最後に

以上、41歳で結婚したアンミカさんの結婚についてでした。

お互いストイックな人生を歩んできたお二人ですが、

40代に入り、ようやくありのままの姿でいられる相手と出会えたんですね。

みなさんも、

ありのままの自分を受け入れてくれる、そんな方と出会えると良いですね!



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする